東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)185号 判決
一 請求の原因一ないし三は当事者間に争いがない。
二 取消事由(1)について
本願発明が第二引用例記載の考案と審決摘示の相違点(2)の点で相違することは当事者間に争いがない。右相違点は両者のカバー部材の形状及びこれと容器との取付態様に関するものであると認められるので、この点について両者を対比しつつ、右相違点に対する審決の判断の当否を検討する。
1 当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲及び成立に争いのない甲第二号証の一ないし三(本願発明の明細書、昭和四八年五月二九日付、昭和五三年二月三日付各手続補正書)によれば、本願発明はテレビジヨン受像管のスクリーン及び他の感応しやすい部分へのゲツタ蒸気の付着を最少限にするため、ゲツタ蒸気に所望の指向性を与えることを目的とするゲツタ組立体を提供するものであること、本願発明におけるカバー部材、容器、その取付態様をみると、(1)カバー部材15は、(イ)上面は全体として中空の円形状(リング状)をなし、(ロ)中空部分から降下した中央部分27を有する、鍔付筒体の形状であり、(ハ)右上面の中空の円形部分は直径方向に沿つて対向する側にある二つの上方に向いた部分29、29と平坦部分25、25の遮蔽部を有する板状の構成であること、(2)ゲツタ容器19は、上部が開放され、環状の溝23を形成する上方に隆起した底部21を有する円筒状容器であること、(3)両者の取付態様は、(イ)カバー部材の上面円形部分が右容器に密接に嵌合するとともに(前記特許請求の範囲中の「前記ゲツタ容器内に密接に嵌合する円形カバー部材」とはこの嵌合態様を指すものと解せられる。)、(ロ)カバー部材の降下した中央部分が容器の上方に隆起した底部に取付けられていること、ゲツタ蒸気の所望の指向性は、カバー部材の前記(ハ)の構成によりこれを得ることができることが認められる。
2 当事者間に争いのない審決摘示の第二引用例の記載内容及び成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例記載の考案は、ゲツタ蒸気が蛍光面に被着してその輝度を低下させるおそれがあるため、これを避けるためゲツタ蒸気に所望の指向性を与えることを目的とする組立型環状ゲツタを提供するものであること、第二引用例における遮蔽体(本願発明におけるカバー部材に相当する。以下「カバー部材」という。)、容器、その取付態様をみると、(1)´カバー部材4は、(イ)´上面は全体として中空の円形状(リング状)をなし、(ロ)´中空部分から降下した中央部分を有する、鍔付筒体の形状であり、(ハ)´右上面の中空の円形部分は斜め上方に傾斜した遮蔽部を有する板状の構成であること、(2)´ゲツタ容器1は樋状環形容器であること、(3)´両者の取付態様は、カバー部材の降下した中央部分が容器の内周に嵌着されていること、ゲツタ蒸気の所望の指向性はカバー部材の前記(ハ)´の構成によりこれを得ることができることが認められる。
3 右認定の事実に基づき本願発明と第二引用例記載の考案を対比すると、ともにカバー部材の上面円形部分を遮蔽部としてこれに傾斜部を設けてゲツタ蒸気に遠方指向性を与えることを目的としているものと認められるところ、審決が相違点(2)として取上げるところは、前記1及び2のうちカバー部材に関する(1)(イ)(ロ)と(1)´(イ)´(ロ)´取付態様に関する(3)(イ)と(3)´を対比したことに帰するところ(取付態様については、本願発明の(3)(イ)(ロ)、第二引用例記載の考案の(3)´をまとめて対比すべきであるが、審決が(3)(イ)´と(3)´とのみを対比しているので、(3)(ロ)と(3)´との対比は、容器に関する(2)と(2)´の対比とともに、取消事由(2)との関連で述べることとする。)、前認定のとおり、(1)(イ)(ロ)と(1)´(イ)´(ロ)´の構成は同一である(その意味で審決が両者のカバー部材を「円形」と「鍔部を有する筒体」として対比したことは相当ではない。)。そして、遮蔽部である上面円形部に関する前記1(ハ)、1´(ハ)´の構成の相違については、審決は相違点(3)として取上げ、その差は単なる設計的事項にすぎないと判断しており、この判断については原告も争つていないから(前掲甲第二号証の一ないし三、第四号証によれば右判断は相当であると認められる。)、結局、本願発明のカバー部材の前記(1)(イ)(ロ)(ハ)の構成は、第二引用例記載の考案のカバー部材の前記(1)´(イ)´(ロ)´(ハ)´の構成から容易に想到することができるものというべきである。
次に、取付態様についてみるに、前記のように、本願発明のカバー部材の上面は平坦部分と上方への傾斜部分よりなるが、全体としては円板状をなしているものと認められるところ、成立に争いのない乙第一、第二号証の各一ないし三によれば、かかる形状のものと円筒状容器を嵌合させる周知の態様としては、(a)円板の周縁部分のみにて容器と嵌合させるもの、(b)円板に設けられた降下部分によつて容器と嵌合させるもの、(c)円板に設けられた嵌合のための成形部分によつて容器と嵌合させるもの、(d)円板と容器の双方に設けられた嵌合のための成形部分によつて両者を嵌合させるものがあることが認められるから、本願発明がカバー部材の上面の遮蔽部につき前記(1)(ハ)のような構成を採択したうえ、第二引用例に記載されたカバー部材と容器の前記(3)´の取付態様に代えて、右の周知の嵌合態様をその上面円板状部分と容器の嵌合に選択することは当業者の容易になし得るところというべきである。
4 原告は、本願発明のカバー部材の上面円板状部分とゲツタ容器が嵌合することにより、カバー部材の上方傾斜部分は深く容器内にもぐり込み、これにより反射されるゲツタ蒸気は遠方へ指向され、また、近傍の円錐状部分へのゲツタ蒸気の集中を避けることができ、かかる効果は第二引用例記載の考案では生じない旨主張する。
しかし、右主張はカバー部材の上面円板状部分が容器内に深くもぐり込み、平坦部分と上方傾斜部分がともに容器内壁に嵌合する場合を主に想定してなされているが、前記当事者間に争いのない本願発明の特許請求の範囲によればその嵌合態様になんらの限定も付されていないから、平坦部分の周縁部分のみが容器と嵌合する態様(3(a))もこれに包含されることは明らかである。この態様ではカバー部材の上面円板状部分のうち平坦部分を形成する厚みだけが容器内にもぐり込むにすぎないから、容器の外周壁の高さとカバー部材の上方傾斜部分の基部との高低差は無視しても差支えなく、その点では別紙図面(四)第2図記載の第二引用例のものと変るところはない。したがつて、右のような嵌合態様で対比する限り、本願発明も第二引用例記載の考案もゲツタ蒸気の遠方指向性及び円錐状部分への集中度について格別の差異は見出しがたい。
また、仮に本願発明のカバー部材の上面円板状部分の平坦部分のほか上方傾斜状部分も容器内にもぐり込んだ場合を想定しても、右上方傾斜部分と容器外周壁のすき間から噴出する蒸気は、光のように直進するのではなく、気体である以上四散することが予想されるから、第二引用例のものに比し常に遠方へ指向され、或は円錐状部分への集中が防止できるとは限らないのである。
その他本願発明のカバー部材において、原告主張のような作用効果を認めるに足りる証拠はない。
5 以上述べたところによれば、相違点(2)に対する審決の判断はその理由づけにおいて相当でない点があるといわざるを得ないが、右相違点に関する本願発明の進歩性を否定した結論は支持することができる。したがつて、原告主張の取消事由(1)は理由がない。
三 取消事由(2)について
1 前記二1及び2に認定したところによれば、本願発明のゲツタ容器は、上部が開放され、環状の溝を形成する上方に隆起した底部を有する円筒状容器であるのに対し(二1(2))、第二引用例記載の考案のゲツタ容器は樋状環形容器である点(二2(2)´)、前者のカバー部材の降下した中央部分が容器の上方に隆起した底部に取付けられているのに対し(二1(3)(ロ))、後者のカバー部材の降下した中央部分が容器の内周に嵌着されている点(二2(3)´)において、両者は相違しているものということができるところ、審決はこの点を看過していることが明らかである。
2 被告は、本願発明はカバー部材に関するもので、ゲツタ容器はカバー部材の組立対象でしかないから容器の構成を相違点として取上げる必要はない旨主張する。しかし、前記本願発明の特許請求の範囲はカバー部材と容器の各構成及びその取付関係について明記しているし、元来両者は一体不可分の関係にあるものであるから、これを一体として検討してその新規性、進歩性を判断すべきである。したがつて、被告の右主張は採用することはできない。
また、被告は第二引用例の容器も中央部が隆起している旨主張するが、そのように認定すべき証拠はない。
3 そこで、右相違点について検討するに、成立に争いのない乙第四ないし第六号証によれば、本願優先権主張日前、前記のような上方に隆起した底部を有する環状ゲツタ容器は当業者間に周知であり、その底部を他の部材の取付のため利用することも周知の技術であつたと認めることができるから、本願発明において、右のように周知のゲツタ容器を採用し、右周知技術を適用して、容器の底部をカバー部材の降下した中央部分の取付けに利用することは容易になし得るところというべきである。したがつて、看過した右相違点の構成は単なる設計的事項にすぎないものと認められる。
4 原告は、右の相違点の構成により、本願発明は引用例記載の考案に比し、格別の作用効果を奏する旨主張する。
しかし、まず、ゲツタ蒸気もれによる円錐状部分の過熱の点については、第二引用例のカバー部材の降下した中央部分(筒体部分)とゲツタ容器の隙間からもれる蒸気の量、これによる円錐状部分の上昇温度については全く立証がなく、右に関する主張は推測の域を出でないものというほかない。
次に、本願発明ではゲツタ物質が隆起した底部のある容器に収容され、その深さが右底部より低くなることにより蒸気の遠方指向性の保持と近傍への集中的蒸着の回避の効果が得られるとの主張についても、前記のように噴出されるゲツタ蒸気が四散するものである以上、本願発明において右のような効果が確実に得られるか否か疑問であり、この点に関する立証がないので右の主張も採用できない(もし、本願発明において右のような効果を奏するのであれば、第二引用例においてもゲツタ物質の深さを減ずることによつて、同じ効果が得られるはずである。)。
更に、品質の均一化、製造工程の容易化の主張は、本願発明のカバー部材が降下した中央底部を有することを前提とするものであるが、前記特許請求の範囲によれば、カバー部材は降下した中央部分を有すれば足り、中央底部を有するとの限定は付されていないから、右主張は前提を欠くものとして失当である。
以上のとおり、作用効果に関する原告の主張はすべて理由がない。
5 そうであれば、右相違点を看過したことは審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきであるから、原告主張の取消事由(2)は理由がない。
四 以上のとおり原告主張の取消事由はいずれも理由がないから本訴請求を失当として棄却する。
〔編註その一〕 本件における特許請求の範囲は左のとおりである。
「受像管の円錐状部分に配置され、かつ開放上部ならびに環状のみぞを形成する上方に隆起した底部を有する円筒状ゲツタ容器と、該環状のみぞ内のゲツタ物質と、前記ゲツタ容器内に密接に嵌合する円形のカバー部材とを含む円筒状ゲツタ組立体において、前記カバー部材が、降下した中央部分と、該降下した中央部分の、前記カバー部材の直径方向に沿つて対向する側にある二つの上方に向いた部分と、残りの平坦部分とを有し、前記二つの上方に向いた部分が受像管の前記円錐状部分の円周方向に沿つて配置されるように前記降下した中央部分を前記ゲツタ容器の前記上方に隆起した底部に取付け、それによつて前記上方に向いた部分が前記環状のみぞに対しこのみぞの対向する側に前記円錐状部分の円周方向に整列された二つの開口を形成し、かつまた前記平坦部分が前記環状のみぞの上表面の残部をカバーして有効に封止するようにしてなる円筒状ゲツタ組立体用カバー部材。」(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>